なし崩しじゃあ ノーグッド
 


     




昼間の陽射しの余熱を冷ますべく
初夏の緑の瑞々しさを孕んだ夜風がなだめるように駆け巡っている
とある街なかの一角。
夜陰が迫る中に明るい陣幕を紡ぎ出すモザイクみたいな灯火のうちの1つとして、
睦まじい恋人同士の二人が互いへの想いで温めていた とあるフラット。
まだまだいじらしいほどに稚(いとけな)く、
元気者なくせして おずおずとしか甘えられないところが焦れったくて。
気がつけばその居場所をこちらの身のうちへしっかりと占めていた、
そりゃあ大事にしている恋人の虎くんへ。
それはそれはムーディに語りかけ、
懐ろの中へ包み込み、優しい接吻でとろかして。
思う存分じゃらして甘やかし、
休日前の初夏の宵を蜜月夜に塗り替え、心ゆくまで楽しもうと思ってた、
某ポートマフィア管理職、中原中也さんだったのだけれども。

 『やあ、こんばんわ♪』

これまでだって、意表を突くことばっかりやらかしては
臓腑が煮えくり返るような気分を味合わせてくれたことへ
そりゃあもうもう枚挙の暇のない相手だが。
これまでのそれはというと、任務にかかわることか、
他愛ない会話の中でのささやかな鍔迫り合いに限られており。
前者の場合は、意表を突くことで
窮地にあった状況からの大逆転劇を齎す即妙な機転へつながるものだったり、
後者の場合でも、気がつけば塞いでいた気分が払拭されていたりで、
探せば何とか救いを見つけられるような代物だったが。
今宵、この滴るような男の色香をまとった美丈夫が
しゃあしゃあとやらかしたことといったら、

 「〜〜〜〜〜っ

日頃は強かな武闘派で鳴らしている中原中也が
打って変わって羽根でくるんで絹布で包むようなほどにも大切にしている
大事な大事な愛し子との逢瀬のさなかにこそりと乱入し、
込み上げる愛しさに突き動かされ、丁寧な接吻を堪能していたすぐ間際から
そんなお暢気な声を唐突に掛けられたとあって。
そりゃあデリケートな秘め事へずかずかと土足で上がられたようなもので、
これはもうもう、
どれほどの慈愛と寛容の主であれ 怒るしかなかろう精神的蹂躙で。

 「今日という今日は 本っ気で許せんっ!」

こんなおっかない明王様が降臨したなら
どんな悪鬼でもひれ伏すだろうほどの、文字通りの怒髪天。
凄まじい級のお怒りに切れ長の双眸は吊り上がっての炯々とし、
表情豊かな口許は いっそ笑っているように見えるほど
耳まで裂けそうなくらい引き歪み…と、
凄艶な整いようをしたお顔をそんなこんなで鋭く尖らせ。
一体何処へ隠し持っていたのやら、そういう意味ではこの人もおっかない、
ギザギザしたソウと呼ばれる部分付きという
それはごつい仕様の愛用のフィールドナイフを逆手に抜き放つと、
隠しもしない殺気まみれで目の前の不法侵入者さんへ斬り付けんとしており。

 「ちゅ、中也さんっ。」

わあ何てことをと、
ここに至ってようやっと我に返った敦くんが、
愛しいお人を罪人にはしたくない一心から、
恋人さんが日頃から鍛え抜いておいでの自慢のそれ、
小柄ながらも十分に雄々しい背中や頼もしい肩へ全力でしがみつくようにして
そんな暴挙はなしですと必死で引き留めておいで。
彼よりは微妙に上背こそあるものの、身のうちへ蓄えた馬力では全然比較にもならぬ身、
これは虎の異能を降ろさないとダメかなと感じたほどの剛力だったが、
力の差 云々より、
全身でその背へ貼りつくよにして必死で縋りつかれているという状況が
中也の逆立った気概を宥めたか、

 「……敦に感謝しろよ。」

肩や二の腕から ふっといきなり、
ぎゅうぎゅうと堅く絞り込むよに込められていた力が緩み。
チッと舌打ちをしつつとはいえ、
勘弁してやらぁという意味合いの言葉が出たので、
何とか落ち着いてくれた模様であり。
あああ、よかったぁと、
こちらさんも一気に力が抜けたか、そのまま頼もしい背中へぶら下がり、
ほうと一息ついてから、

 「お茶、淹れてきますね。」

直接の会話となろうお兄さんがた二人のお邪魔は出来ぬと、
すぐ隣のキッチンへ機敏に立ってゆく。
ちょっぴり拗ねて、でもそれが焼きもちからだと思い知らされ、
恥ずかしいよおと真っ赤になったら、
優しく甘やかされてのキスまでしてもらって…。
そこからのこのとんでもない運びという急転直下だ、
ちょっと一人になって落ち着きたいと思っても無理はなく。
茶器を揃えているのだろう、かちゃりことりという音が聞こえるのへ
こちらも気持ちを落ち着けつつ、

 「…で? あの天然王子がまた何かやらかしたのか?」

随分と省略というか簡略化されていたものの、
こういう言い方で “色々把握はしてっぞ”というこちらの心情も込めている中也であり。

「凄いね、よく判ったなぁ。」

こちらもまた、そのくらいはするりと飲み込めたらしい太宰が、
ソファーセットの一角へ腰かけて、伏し目がちになると小さく微笑って見せる。
いくら非常識なところが多々ある男だとはいえ、この乱入の仕方は異常が過ぎる。
ここ最近に限れば特に、人を想うことへのデリカシーが判らぬ彼ではないはずで。
面白くない状況に陥っていての八つ当たりなんかならともかく、(サイテーな所業には違いないけど…)
不名誉極まりなかろう“デバガメ”になってしまう状況になだれ込まんとしていたのが、
彼にしたって思わぬ展開だったらだったで、
何ならキスへと至る前に わっと声でも上げて邪魔することだって出来ただろうに。
それをしなかったということは、

 「ちょっと確かめたいことがあって、
  声を掛けないまま見つめさせてもらっちゃったんだ。」

 「俺らで試すな

思い出すとそこはやっぱりムカムカするので、
ついつい歯ぎしりしもって応ずれば、
そんな手元へことんと置かれたのが、
薄いめに色づいた煎茶がそそがれた日頃使いの湯呑みであり。
お行儀良くテーブルの際へ屈み込み、そおと差し出してくれた敦に気付いた中也、
そちらへお顔を向け、視線が合ったのへ息をつくように微笑んで、
そのまま此処へと隣の座面を軽く叩いて少年を座らせて、さて。

「あれか? 芥川が…というか
 こういう流れだから訊くが、どこまで進んどるんだ、お前ら。」

こっちだって結構恥ずかしい思いをさせられたのだから、
ちょっと大胆だったかもしれぬが、この際だとばかり
順番踏んでもしょうがない的 性急な訊きようをすれば。

「…う〜んと。」

おや。この厚顔な男が言いよどむ。
訊かれようとは思わなかったか、
そして口外するのへこの男でもそうまで抵抗があるものなのか。
日頃から印象的な瞳へ愁いの影を落として艶っぽい、
長い睫毛をパチパチとせわしなくも上下させ、
ちょっとばかり間をおいてから、

「6番埠頭まで、かな?」
「ほほぉ…。」
「いやいや、だからね、あのその…。」

はぐらかすとはいい度胸だと、再び目が座ってしまう中也なのへ、
さすがに反省したか、

「…バードキスまでです。」

んんんっと咳払いの真似をしつつ、視線もあらぬ方へと放ってという、
この、いつだって自信満々、若しくは罰当たりなほど飄々としているお人に
そんな態度が見られるなんてまずはないから
いっそ記念にしたいくらいの判りやすい含羞みようなのが、

 “うわぁあ…。//////”

ああ、ここにその芥川くんを同坐させたかったなぁと、
敦が思わずのこと口惜しく感じたほどなれど。
それだと本末転倒なのだと、
彼の話を聞いてしみじみとそう思い知ることとなるお二人だったりするのである。





  to be continued.(17.05.22.〜)





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 *予定がぐだぐだになった一日でして、
  その影響がここへ来ようとは…。
  あんまり進まなくてすいません。
  何が原因での太宰さんの奇行か、
  次で明らかになります、すいません。